メディアワークス文庫より発売「引きこもりの弟だった」
目次
こんばんは。書評にもやっと慣れてきたかな? と思っていたりするとなりです。
なんだか夜は寒かったり、昼は暑かったりで、寒暖差に悩まされるこの頃ですが、風邪を引きそうとは微塵も思えない自分の身体に対して、「人間ってよくできてるなぁ」と1人感心していたりします。
風邪は万病の元とも言いますので、健康管理はしっかりしていきたいですね。
さて。
今回書評する作品は、メディアワークス文庫より発売された『ひきこもりの弟だった』となります。
いつもどおり、ネタバレ無しの書評とネタバレ有りの書評で分かれていますので、読む際には大見出しを見て、注意するようにお願いします。
それでは早速本文に移りたいと思います。
……今回は考察多めかも?
基本情報
- タイトル:ひきこもりの弟だった
- 出版社:メディアワークス文庫
- 著者:葦舟ナツ
- 画:げみ
- ジャンル:不毛な愛を知る恋愛小説
- 発行日:2017/03/25
あらすじ
『質問が三つあります。彼女はいますか? 煙草は吸いますか? 最後にあなたは――』
突然見知らぬ女にそう問いかけられた雪の日。僕はその女、大野千草と夫婦になった。
互いについて何も知らない僕らを結ぶのは【三つ目の質問】だけ。まるで白昼夢のような千草との生活は、僕に捨て去ったはずの過去を追憶させていく――大嫌いな母、唯一心を許せた親友、そして僕の人生を壊した“ひきこもり”の兄と過ごした、あの日々を。
これは、誰も愛せなくなった僕が君と出会い、愛を知る物語だ。
点数
- テーマ:8
- ストーリー:8
- キャラクター:7
- 文章:7
- 総合評価:7
『ひきこもりの弟だった』評価(※ネタバレ無し・まだ読んでない人向け)
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良かった点
まず文章。
1人の男性の愚直とまで言える心情が、ここまでかと記されており、同性である僕は大層共感して読めた。
キャラクターに関しては、非常に少ない人数で物語が構成されており、両手の指があれば足りるほどの人間しか出てこない。
だからこそなのかもしれないが、1人1人のキャラクターたちに明確な信条や考え方がくっきりと明示されていて、非常に現実味があるように感じた。
1人、人によってはもう1人、非常に憎くなるようなキャラクターがいるのだが、そのキャラクターたちもいい味を出している。
そして各キャラクターに、なんとも現代らしい苦悩や過去が付き纏っていたのも良かった。
そして、なんといっても良かったのはテーマだと思う。
歪な愛をテーマにしている本作だが、この本を最後まで読んだ時、主人公の啓太とヒロインの千草の恋模様を歪であると断言できる人間は少ないと思う。
僕はこの作品のラストで、愛というものに固定概念を持っていたのだと改めて気付かされた。
そのラストの良し悪しはともかくとして、間違いなく価値観を拡げるきっかけになる一作だとは思う。
ホント、なんとも形容しがたい作品だった。
悪かった点
帯で三秋縋先生が「この本を読んで何も感じなかったとしたら、それはある意味とても幸せなことだと思う」と評しているように、人によっては何も共感できないし、つまらないと感じてしまう可能性があるように感じた。
おそらくこれに当てはまる人は、社会性に富んでいて、なおかつ現実というものに様々な希望を持っている人だと思う。
要はパワー系健常者というやつにあたるのかも。
作者もコメントしている通り、人によって見え方ががらりと変わる本なので、気をつけてほしい。
後、コメディにあたる部分は皆無といってもいい。
なのでそういった小説が苦手な人は読むのをオススメしない。
まぁ、苦手でも読んでみる価値はあるかもしれないと言いたいけどもw
総評
まぁともかく全編を通して、ネガティヴさが押し出されているストーリーなのは確かで、ラストなんかは納得できない人は絶対に納得できないかもしれない。
ある人にとっては駄作で、ある人にとっては至高となりえる小説なので、読む人を確実に選ぶだろうが、タイトルからして敬遠する人は敬遠しそうな気もするし、後はテーマやラストが気にいるかどうかに尽きる気もする。
僕はネガティヴな感情が敷き詰められた小説が大好きなので非常に共感できた。
文章は流石メディアワークス文庫だなと言わざるえないぐらいにしっかりとしたもので、表現もしっかりと練られているから、イラストがあるような小説は……と、抵抗感を抱いている人もまずは読んでみてもいいかもしれない。
『ひきこもりの弟だった』評価(※ネタバレ注意・もう読んだ人向け)
<『ひきこもりの弟だった』人気御礼企画>
4月10日に《本編(文庫)読了後 推奨》の特別書き下ろし番外編をサイト公開予定!本編の読み方が大きく変わる、号泣必至の番外編なので、是非それまでに文庫をお読みになってお待ち頂けますと幸いです!https://t.co/BbAxgvfBhO pic.twitter.com/FwSLSqRRrN— メディアワークス文庫 (@mwbunko) April 8, 2017
ここからは読み終わった人向けの書評です。ネタバレが存分にあるので注意してつかーさい。
胸の奥で小骨が引っかかっているような後読感
自分たちは夫婦であるという、自己暗示のような思い込みから始まった二人だが、ぶっちゃけ途中までは理想的な夫婦だったと思う。
啓太は妻の凹凸のない話をずっと聞いてあげているし、千草は、どんなに疲れていても仕事で帰宅が遅くなる啓太を待ち続け、一緒に食事を摂った。
おそらく多くの人が夢見る関係だったわけだが、最初から二人の夫婦生活というのは終焉を迎えていた。その理由は、お互いがお互いをパートナーだと決めた理由が「子供が欲しくないと思っているか」だったから。
お互いに、愛情というものを微塵も知らない誰かを探していたのかもしれない。
だけど、千草は途中で「普通」の恋をしてしまった。
その人の子を成して、その人と添い遂げて、その人と同じ墓に入りたいという、誰もが望んでいるであろう恋を。
だけど、啓太は「普通の恋」が出来なかった。
だから、離婚という「悲劇」を辿った。
結果、胸に残るのは小骨でも挟まったような、座りの悪い感情なわけだが、だからこそ思うこともたくさんある。
「普通」の恋情を啓太に抱いた千草なわけだけど、さらに深く千草を「偏愛」しすぎたのが啓太なのかもしれない。
愛情というものにどこまでも恵まれなかった啓太は、自分がもし子供を成した時に、果たして愛情を知らない自分が、千草との子に、正しい愛情を与えられるのだろうかいう疑問は常について回っていたと思う。
そして、こんなにも愛おしいと思える千草にとって、自分は隣にいるべき存在なのかと自問自答を重ねた。
その結論が、「だって、君は本当は、ちゃんと幸せになる力を持っているはずなんだ。」という一文。
愛おしくなった故に、彼女を幸せにできるような力は無い。と考えた末に離婚したと考えると、なんだか納得できるような気もする。
まぁ真実を知るのは、作者と啓太だけなのだろうけど。
地味にぐっと来たのが会社での勤務中の描写
お仕事を題材にして、勤務中の姿を描写した作品というのは往々にしてエンタメ感というのがこれでもかというぐらい詰まっているものだけど、この作品に関してはそういう読者を「楽しませる」ための描写というのは全く無かったといいと思う。
あるのは、ただただ使えない先輩社員に疲弊する心の裡と、崩れそうで、何故かなんとかなってしまうどうしようもない事態だけ。
気に入らない人間に対して物言わぬのも、現代の社会人……というか日本人なら有り触れている光景な気もする。
普通ヘイトを溜めさせるために登場するカタキ役というのは、現実味が無いのが常だと思うんだけど、不思議と「ああ、いるわ……」と思わされる坂巻の造形はいいなと思った。
啓太の兄、弘樹
この作品で最も不幸で、迷惑な存在だった。
彼は多くのひきこもりがそうであるように、自分が周りにとって不利益を撒き散らす存在だと自覚していた。
それは、啓太とちゃんばらごっこに夢中になっていた幼少時代も、ネットから手に入れた知識を自慢げにひけらかしていた少年時代も、いよいよ母からも見捨てられ始めた青年時代も変わらなかった。
わかっているのに改善しないのはどこまでいっても彼自身に責任があるわけだが、青春期にアナタはまだ時期が悪いだけだと、母に言われながら育てば、こうなるのもおかしくないかもしれない。
まさに掛橋家という環境が産み出した言える。
ホント、どこまでも不幸で、大迷惑な兄だった。
総評
『ひきこもりの弟だった』(著:葦舟ナツさん、挿絵:げみさん)読みました。電撃小説大賞で試し読みをしてから気になってたんですが、最後70ページくらいから何故かずっと涙が止まらなかったです。読み終わった後にげみさんの表紙と、帯の一文を見てハッとしました。とても素敵な物語でした…! pic.twitter.com/mRK0MrR3AU
— Mika Pikazo (@MikaPikaZo) April 5, 2017
最初から、なんとも形容しがたいと言っている通り、今回の記事を読み返しても整理できてないなーと思う部分がたくさんあったが、それも感想かと思い投稿してみた。
僕には高尚なことなんぞ露ほども分からないけど、この作品を読み終えて、結婚観や子育てというものを考えさせられた気もする。
昨今一般文芸とライト文芸の差っていうのはとても曖昧になっている中で、こういった作品が出てきたことは歓迎すべきことだと思うので、今後もこの作者さんには期待したいと思う。
ただただ、啓太と千草にあるべき幸福を……と、願わずにはいられない、そんな作品だった。
面白かった。
読んでいただき、ありがとうございました。